ROUTE52が出来るまで(3) ~飲食業への愛を語る~

「ROUTE52が出来るまで」はだいぶ時間があいてしまいましたね。
相変わらずののんびりペースで進ませていただきます。笑

お店を再開して早くも2週間が経ちました。
お店をやりながら改良する点もあり、慌ただしくも楽しくお店をやっています。
皆さん、お時間ありましたら遊びに来てくださいね!



さて、話の続きとなります。
(忘れてしまった方はこちら→ http://route52.eshizuoka.jp/e1650174.html )



静岡大学に入学したものの、飲食業のアルバイトに没頭する日々。本当に楽しかった!
・・・でも皆さん覚えておりますか?

そう!まだ静岡大学の学生だったのです。笑

正直、数学の勉強よりも飲食業での実務経験が楽しかったし、将来にも活きてくると考えていました。

そんな中、将来を考えるようになってきたときに「これからも飲食の仕事がしたい」「私には飲食しか道がない」「飲食業こそ天職だ!」と思いました。

しかし、大学で学ぶのは”数学”
ここに大きなギャップがありました。

そこで、自分自身を見直すために、そして飲食の仕事をしっかりと学ぶために、大学3年生の冬に静岡大学を休学するという手段をとりました。
そのとき、体調も崩しており、とても大学に通えない状況だったということも重なりましたが。



そして、飲食業をしっかりと学ぶために、とても頼られやりがいのあったファミレスチェーン店を退社しました。
私がこなしていた仕事量が多かったこともあり、辞めるまでの引き継ぎ、後輩の育成は大変でしたが。(尊敬するNさんの”辞めるなよ”っていう圧力も怖かった…)


新たな仕事場として、鷹匠のイタリアンレストランのキッチンスタッフとして働き始めました。
そのお店は、移転によるオープニングスタッフ募集ということもあり、お店が出来ていく様子もみれたのは、今となっては本当に貴重な経験でした。


そこでの仕事は初めてのことばかりでした。
人並みには料理が出来ると思っていましたが、包丁さばき、仕込みのひとつひとつがとても新鮮で慣れない作業ばかりでした。
スタッフの賄いを作るのが私の仕事となり、料理の経験も積んでいきました。
そのどれもがいい勉強で、料理に関する知識やいろんなレシピを覚えていきました。

そんな中、ここで勤めて2ヶ月ほどが経ち、大きな転機が。
「みずきも料理覚えてきたし、営業時間を延ばしてみよう」という話になりました。
普段は21時までの営業だったのですが、週末だけ23時までの営業に。そして21時~23時はキッチンスタッフが私だけという状況になりました。
仕事ぶりが認められてきたのかなという実感がわき、とても嬉しかったです。


こうしてイタリアンレストランでの仕事も板についてきたとき、私が飲食業で生きていこうと覚悟を決めた瞬間が。
ある日、いつも通り仕事をしていて、ランチでリゾットを提供した時のこと。
リゾットを食べたのは、5歳くらいのお子さんだったのですが。
そのお子さんが帰り際に私に向かって、

「今まで食べたものの中でいちばん美味しかった!おにいちゃんありがとう!!」

私はその言葉にメロメロにやられてしまいました。笑
そんな言葉をたくさん聞きたい。あのお子さんみたいにお客様を満面の笑みにしたい。
そう思ったら私は飲食業を続ける覚悟を決めていました。


そのようにして、料理の経験を積んでいく中で、勉強もしよう!ということで調理師の資格を取ろうと決めました。
調理師の資格を取るためには、2年以上の実務経験が必須なのですが、幸いファミレスチェーン店のときにそれをクリアしていたのです。

そして、時間の合間を見つめて調理師の資格試験の勉強を。
そうして晴れて調理師の資格をとることが出来ました。



調理師の資格を取り、なおのこと仕事に力を注いでいたある日、大きな出来事が。
イタリアンレストランの料理長が、病気により2週間ほど入院することに。
・・・どうしよう。お店はどうなるんだろう。
そう思ったときに、こんなお言葉をいただきました。


「みずきが料理長になってお店を回してくれ」


そこで勤めて半年ほどの私が、2週間だけの臨時料理長を任されることになったのです。
料理長と言っても、キッチンスタッフは私ひとり。
ひとりで調理をすべてやることになったのです。

「私に出来るのかな…?」という気持ちは自然となく、「やってやる!!」という気持ちが強かったですね。
そして2週間。ランチとディナーをしっかりと料理長を受け持ち、無事お店を回すことが出来ました。

そのときに、「やれば出来るじゃん!」と、そう思いました。
私でもお店が出来るのかな?という自信もつき。
この経験から「いつか自分でお店をやってみたい」と思うようになりました。

ここから、ROUTE52をつくる計画が始まった…というかんじですね。



そうして、いつかお店を…という目標に向けて動き出すにあたって、なにか足りないなあと感じました。

「”食”についての知識が足りない…」


独学で食生活アドバイザー検定2級や、フードコーディネーター3級、フードアナリスト3級など、様々な資格取得しましたが、何かが足りない…。

そう、”管理栄養士”の資格がほしい!!!

管理栄養士といえば、”食”のエキスパートが持つ資格。
あまり飲食業を営む人は管理栄養士を持っておらず、主には病院や給食施設などで働く人が多いです。

しかし、だからこそ管理栄養士の資格を活かした飲食業をやりたい!と思うようになりました。
そのためには、管理栄養士養成施設に指定された大学を卒業しなくてはなりません。


・・・よし、静岡大学を辞めて、静岡県立大学に入り直そう!そして、管理栄養士となるための勉強をして、自分でお店をやろう!(まだ静岡大学に在学中だった。笑)


ちなみに静岡大学を休学してからここまで約1年ほどの出来事。
この時期は本当に様々な転機がありましたね。

こうして静岡県立大学に入学することになったのですが、この続きはまた次回に。
本当にゆっくりとしたペースですが、ご覧いただきありがとうございます。
また次回をお楽しみに!

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プロフィール
ROUTE52
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おはようございます。こんにちは。
こんばんは。
様々な時間帯にご覧いただいていると思うのですが。
閲覧していただきありがとうございます。
オーナーの山田瑞己です。
現在、静岡県立大学に通っております。

私は、静岡県で生まれ、高校生までは山梨県で育ち、大学進学で再び静岡県にきました。
母が静岡県生まれ、父が山梨県生まれだったこともあり、幼い頃から両県に馴染みがありました。

そして、私は静岡県に住むようになってこんなことを気づきました。
「静岡県と山梨県は隣同士の県なのに、山梨県産ワインを飲めるところがないのかな」と。
とても悲しく思いました。

私も育った山梨県の特産品を静岡県の人たちに楽しんでほしい。
そして、静岡県の特産品を山梨県の人たちに楽しんでほしい。
そう思いました。

その想いを現実にしようと思い、2013年7月に山梨県産ワイン専門バー“Wine Cafe ROUTE52”をオープンしました。
静岡県の人たちにもっと山梨県産ワインを気軽に飲める環境をつくりました。
しかし、惜しまれつつも2016年1月に閉店いたしました。

閉店後も両県の交流が加速するような形も模索しています。
そして、新しい店舗の開業に向けて日々奮闘しております。

もっと静岡県と山梨県が身近な存在になりますように。
「食」という両県の特産品を活かして、架け橋づくりを遂行していきます。
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